珠洲商工会議所では、珠洲市内の創業百年以上の企業の業績を讃え表彰を行っています。表彰にあたり、次の通り規定しております。表彰を希望する方は、下記の申請書に必要事項を記入して提出してください。
1.会議所会員を継続10年以上で、創業百周年以上に亘るものに対しては、総務企画委員会に諮り表彰を行うことが出来る。
2.珠洲市内にて創業、または支店・工場・出張所を開設し、表彰年の前年度3月末現在で満百年以上であること。
3.表彰は、表彰状と記念品を贈呈して行う。
4.該当する企業があったときは、当該事業主は創業百年以上を確認できる資料(帳簿類、社訓、家訓、家系図、社史等客観的に資料と判断できる文献等)を添えて書面にて申請するものとする。
5.次に該当する企業は事業を継続しているものとみなし表彰対象とする。
イ.戦争、天災地変など止むを得ない事情で事業を維持中断していた場合
ロ.合併もしくは業種・取扱商品等の変更があっても、事実上同一事業体が存続している場合
6.次に該当する企業は表彰の対象外とする。
イ.概に老舗表彰を受けた企業
ロ.倒産以後新たに再建した企業
ハ.合併等により、他の事業体に吸収された企業
ニ.現在、同業者間で係争関係にある企業
ホ.その他、当表彰制度の趣旨に相応しくない事由がある企業
令和7年11月21日表彰
株式会社今井商店(飯田町)
江戸末期(安政時代)に角屋仙エ門(角仙)の新宅であった専助氏が現在のあいあいパーク横でゴザやソケなどの荒物販売を始めたとされている。その後、米穀の小売販売も手掛け、4代目の栄次郎氏の時代には、春はわかめ、夏は氷菓(アイス)・製氷、秋はまつたけ、冬は餅などと言った年間を通じた季節商品の販売にも事業を拡大し、多様な商品を取り扱う経営スタイルを確立した。6代欽次氏が昭和50年4月に法人化して株式会社今井商店となり現在に至っている。
文献を見ると、初代専助氏が新宅した当時の出来事が「すずろものがたり」四四号に記載されている他、「能登の飯田 郷土史」の明治末期までの代表者氏名として“荒物 角屋新宅”今井市太郎氏の名前が記載されている。
令和5年10月29日表彰
梅サ 中板商店(飯田町)
古くから商売を営んでおり、いつ頃創業したのか定かではないが、飯田町を知る会が発行した「能登の飯田 郷土史」の中の明治末期までの代表者氏名に“梅さ 中板吉兵衛”の名前が記載されている。(正式にはカタカナの“サ”)
梅サ(め~さ)は中板商店の屋号であり、大正3年発行のチラシが現存している。チラシを見ると、大正時代には食料品や化粧品、日用品、煙草など幅広い品物を販売していた事が読み取れる。
近年の概要としては、吉兵衛氏から3代受け継がれ、昭和51年8月14日に法人化して株式会社中板電機商会となっている。その後、代表者は秀一郎氏を経て妻の富子氏に引き継がれ、令和元年5月31日に再び個人企業に組織変更して事業所名を「梅サ 中板商店」に改め、現在に至る。
令和4年11月25日表彰
株式会社アンヨウジ(飯田町)
初代の安用寺屋元兵衛氏が、飯田町でミノやゴザなどの農作業品を売っていたところから、皆に呼び掛けて「二七の市」を創設したと言われており、珠洲市古文書目録には、「飯田町で元兵衛または安用寺屋を名のり代々の商家である。」の標記と共に、安政5年の横帳をはじめ、数々の土地取引記録などが掲載されている。
元和元年(1615年)に呉服・雑貨販売業として創業。18代寅松氏の頃(1878年)には海運業も営んでいた。
その後、燃料販売業も営み、昭和37年5月に灯油・ガス販売業として法人を改組、現在は燃料販売に加えて太陽光発電、不動産業、アパート経営、清掃用具レンタルなど暮らしに関わる事業を中心に多方面の展開を続けて、約400年の間営業を続けている。
令和4年11月25日表彰
有限会社わかやま酒店(飯田町)
初代、若山善次郎氏は、明治18年12月10日に長橋町の平弥三右ェ門の三男として生まれた。飯田町の鍛治町にあった若山松左エ門氏と養子縁組を行い若山に改姓。大正6年に現在のお店の場所で商売(野鍛治)を始め、昭和13年4月には酒類販売業免許を取得して、酒・タバコの販売を始めた。
戦後、善次郎氏の四男善四郎氏が自転車の修理も行うようになり、昭和40年の始め頃に事業を継承。昭和40年中頃には自転車修理を廃業して、酒を販売する脇でおでん屋などの飲食店も営んだ。昭和51年4月に法人化、有限会社わかやま酒店に組織を変更した。平成10年に善四郎氏の次男の大間泰治氏が承継。令和4年1月に大間泰治氏の長女の苗加康子氏が承継して現在に至っている。
令和3年3月24日表彰
株式会社いづみや(飯田町)
きく氏が明治36.11.10に、現在の泉谷菓子舗から分家して、飯田町15-11にて呉服販売を始めた。明治37.3.14に見太郎氏と結婚。大正2.1.30に現在の所在地(飯田町15-5)に呉服店を構えた。きく氏に子ができず、昭和18.1.4に姉妹の嫁ぎ先である中板家(中板電機商会)より、みえ氏を養女として迎え、昭和18.9.13にみえ氏が七郎氏と結婚。七郎氏が、2代目となって戦後に店を拡大、また、珠洲商工会議所の初代会頭を務めた。昭和25.3.1に、3代目となる信七氏が生誕、現在に至る。
令和3年3月24日表彰
山口陶器店(飯田町)
山口陶器店の歴史は古く、何代前から商売をしているのか定かではない。明治40年代には燃料や肥料、陶器等の販売を主とした商売を行っており、土蔵内には、明治40年の大福帳や船で炭を運ぶための荷札等が残っている。
大福帳から、明治時代に海運を利用した商品の売買をする中で、富山県内に炭を販売しながら、全国から陶器等を仕入れて地元で販売するなど、燃料(炭)や飼料、陶器等を中心とした日用品販売の小売業を営んでいた事が見て取れる。冨士氏は銀行員であったため、商売は吉松氏より孫の吉尚氏へ受け継がれたが、燃料販売の屋号は「山口冨士商店」となっていた。現在は吉尚氏の奥さんであるあい子氏を事業主として、娘の外美子氏が店を切り盛りしている。
平成23年11月14日 加賀屋タチ薬店(正院町)、村元酒店(正院町)、かわち書店(飯田町)、はやし美容室(飯田町)、ランプの宿㈱(三崎町) の計5社
平成24年11月19日 多間栄開堂(飯田町)、桝田薬店(飯田町)、㈲花昌(野々江町)、揚げ浜塩田(清水町)の4社
平成25年11月19日 鷺鉄工所(三崎町)、浅田書店(宝立町)、㈲メルヘン日進堂(上戸町)の3社
平成26年11月21日 ㈱衣料ストアーサカシタ(飯田町)、杉浦木工所(飯田町)、矢野本家謹製瓦㈱(三崎町) 3社
平成27年11月26日 藤野商店(飯田町)、濱野燃料店(飯田町)、増田呉服店(正院町)の3社
平成28年11月9日 加藤塗師店(野々江町)の1社
平成29年11月28日 なか薬局(飯田町)、㈱大丸(野々江町)、珠洲織陶苑(三崎町) 3社
平成30年11月20日 宗玄酒造㈱(宝立町)
令和元年11月30日 中田亭(上戸町)、岡田モータース(正院町)